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長征ロケット、99回目の打上げ
Sorae Jp
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Space Shuttle Chronicles vol.03
[2007/06/05]
「Von Braun's Dream」
"Third Stage Separation" by Chesley Bonestell
Reproduced with kind permission of Bonestell Space Art
1951年10月、ニューヨーク。Collier's誌に委託されたジャーナリスト、コーネリアス・ライアン(『遠すぎた橋』『史上最大の作戦』などの著者)は、アメリカではじめて開かれた宇宙開発に関するシンポジウムに参加し、レセプションの会場で一人のロケットエンジニアと出会いました。そのエンジニアはカクテルグラスを片手に、彼にこんな構想を語りました。
「我々は、1967年までに軌道上に巨大なドーナツ型の宇宙ステーションを建設し、80人のクルーを常駐させる。その建設と、物資・人員の補給のために、翼を持ち滑走路に着陸できる巨大な貨物用ロケットを建造する。次に、その宇宙ステーションを拠点として月を目指し、1977年までに50人のクルーを6週間にわたって月面に遠征させる。そして、100年以内には、我々は火星に到達するだろう」
すっかりこの構想の虜になった彼は、当のエンジニアはもちろん、複数の科学者や技術者たちの協力を仰ぎ、"Man Will Conquer Space Soon!(人類は近い将来宇宙を征服する)"と題するシリーズ物の記事を書き上げました。そして、Collier's誌は実に8回にわたってこのシリーズを掲載します。その第1号を飾ったのは、当代きっての宇宙画家チェズレイ・ボーンスティルの筆による、今まさにブースターを切り離して軌道に乗ろうとしている巨大な翼を持ったロケットの絵。これが、戦後アメリカの人々が初めて目にした、夢物語ではなく、近い将来現実にありうる未来としての宇宙開発の姿でした。
このエンジニアの名前は、ウェルナー・フォン・ブラウン。そう、大戦中にドイツでV2ロケットを作ってヨーロッパを恐怖に陥れ、終戦とともにアメリカに渡って宇宙開発の指揮を取り、アメリカ初の人工衛星、アメリカ初の有人宇宙飛行、そして人類初の月面着陸を成功に導いた、あのフォン・ブラウンです。1951年といえば、まだ第2次大戦が終ってまだ間もない頃、アメリカもソ連もドイツから接収してきたV2ロケットを飛ばしては基礎研究をしていた頃です。人類初の人工衛星スプートニク1が1957年ですから、有人宇宙飛行はおろか、人工衛星さえまだ存在していません。その時代に彼は、翼を持ち再利用できる宇宙船と宇宙ステーションによる宇宙進出を夢見ていたんです。
その後、このCollier's誌に触発され、まずTime誌が大々的な特集を組みます。さらに、ディズニーをはじめとする制作会社がこれらの雑誌の記事を元に映画やテレビ番組を製作しました(フォン・ブラウンはこれらの作品にテクニカルアドバイザーとして関わっています)。新しい時代の新しいフロンティアとしての「宇宙」、人々はその壮大なビジョンに熱狂し、空前の宇宙ブームがやってきました。
左:ウォルト・ディズニー、右:ウェルナー・フォン・ブラウン (Image credit:NASA)
史上初のジェット旅客機「コメット」の就航が1952年ですから、この宇宙ブームは飛行機による旅客輸送が本格化し始めた頃にちょうど重なっています。人々が「我々が飛行機で海外へ出かけるように、宇宙へいける日が来る」と信じたのは想像に難くありません。「我々はいつか宇宙へ、やがては月へ行くのだ」という想いは、ケネディ大統領がアポロ計画を発表するずっと前、ガガーリンが人類で始めて宇宙へ行くずっと前から、人々の中に醸成されていたんです。
アメリカの人々が最初に触れた有人宇宙飛行の構想は、「巨大な翼を持ち、ロケットのように打ち上げられ、飛行機のように帰ってくる宇宙船」― つまりスペースシャトルそのものでした。そしてそれは、人類を月に送り込んだ男フォン・ブラウンが抱いていた夢だったんです。
しかし、宇宙開発のビジョンが人々に見せたのは、きらきらと輝く希望ばかりではありませんでした。次は、人々を宇宙へと駆り立てたもう一つの感情についてお話ししましょう。
[ 多く :
http://www.sorae.jp/0243/1877.html
]
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